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そこそこ甚大な被害をもたらした台風19号
HAGIBIS(ハギビス)こと台風19号は「猛烈な勢力」を維持したまま小笠原諸島に接近し、「非常に強い」を経た後「強い大型の台風」として関東に上陸した。ウロウロしながらきっちりと関東に直撃しており、非常に迷惑な話である。
当初はその大きさと勢力から、過去最強クラスと気象庁やテレビで散々アナウンスされており一部では「伊勢湾台風」の再来かとも恐れられた。実際には家屋の倒壊まではいかないにしろ、長野県の千曲川で堤防決壊したことや茨城県では田園が水没するなど甚大な被害が出てしまった。
一応雨量から見ると神奈川県の「箱根」では降り始めから約1000mmの降水量が記録され、それまでの記録をもろともせずに無事歴代1位を観測している。24時間の観測値としては922.5mmにとどまったがとんでもない雨量である。
このように浸水被害のあった長野県中野市や埼玉県川越市、水没してしまった茨城県水戸市、凄まじい雨量を記録した箱根など記憶にも残る災害となったと比べると、東京では特別甚大な被害を起こしたわけではなかった。
しかし、結果で言えば多摩川は氾濫した。
国土交通省と気象庁によりますと、多摩川は東京 世田谷区の玉川付近で氾濫が発生しました。
国土交通省と気象庁は5段階の警戒レベルのうち最も高いレベル5にあたる氾濫発生情報を発表し、最大級の警戒を呼びかけています。
午後10時40分ごろの映像です。https://t.co/vVDDngEQnA#nhk_video pic.twitter.com/fkiNALkdBY— NHKニュース (@nhk_news) October 12, 2019
川崎市は12日午前10時の段階で多摩川と鶴見川周辺の住民約45万世帯へ避難勧告(レベル4)を出している。
しかし、災害前にも今回の台風による多摩川の危険性を知らされてはいたものの、正直ここまでのことになるとはあまり浸透していなかったと思われる。
なぜ多摩川が氾濫することになってしまったのだろうか。
多摩川と鶴見川
ここで多摩川と鶴見川を比較してみる。
多摩川はその近隣住民から「おとなしい川」として認識されているが、対して鶴見川は「暴れ川」としての認識が強い。
暴れ川と言われる鶴見川も今回の台風で一部危険な水位に達した地域はあったものの、特に氾濫することはなく住民への甚大な被害という被害はなかった。
ではなぜおとなしいと言われる多摩川がここまでの被害になってしまったのか。
結局氾濫した多摩川
台風19号による豪雨は休むことなく降り続け、22時ごろには田園調布あたりにおける多摩川の水位は10.50mまでに達した。氾濫し始めたのもその辺りだと思われる。
下の画像はYahooの災害情報から見られる水位の上昇幅である。
見事に増え続けていますね。
なんだかんだ氾濫はしないだろうと思われていましたが、8mが氾濫危険水位なのに22時のピーク時で10mになればそら多摩川も氾濫するわって感じです。
氾濫した多摩川の水は二子玉川や田園調布に被害を及ぼしました。
二子玉川駅付近、多摩川氾濫してまっせ。 pic.twitter.com/bPZZahwADF
— 底辺ごみクズ社会人 (@keyakizakawota) October 12, 2019
雨風おさまってきたけど、多摩川氾濫。右手が二子玉の駅です#台風19号 #多摩川氾濫 #二子玉川 pic.twitter.com/PrFR0oVygc
— Makiko Kozuka (@m_kozuka) October 12, 2019
ちなみに武蔵小杉の冠水は元々の下水処理能力によるもので多摩川の水が流れ着いたわけではありません。最近多くの土地開発が進んでいたのでもう問題ないのかなと思いましたが、実態は全然昔と変わらないのかもしれないですね。
武蔵小杉の浸水被害を、
同時に二子玉川での多摩川決壊があったせいで、
同じ多摩川由来だと勘違いしてる人が多いようです。武蔵小杉は多摩川決壊と関係なく、
土地が低くて豪雨に排水能力が見合わないための浸水です。
そのため、ハザードマップには、水が退くまで4週間と書かれています。 pic.twitter.com/2UOwqaH8zK— 美雨ーmiuー (@mellowna) October 12, 2019
友達が送ってくれたんだけど
武蔵小杉駅周辺が冠水してる…#多摩川氾濫 #台風19号 pic.twitter.com/qlZeyUszda— SORA20 (@soranoharukasu) October 12, 2019
多摩川氾濫とのことで最寄駅へ
武蔵小杉南口改札と駐輪場見事に冠水してました。 pic.twitter.com/bY0mgC2lM1
— 宇龍 (@Uyruu3594) October 12, 2019
事なきを得た鶴見川
で、鶴見川はどうだったのかというと氾濫しませんでした。下記の画像を参考にしてもらえるとわかりやすいです。
この水位の上昇値から見ると明らかに6:00~9:00の間に急激に水位が増えており、9:00ごろにはもう避難判断水位まで達している。しかしその後増え続けたわけではなく、12時ごろには一旦水位は氾濫注意水位を下回っており、その後も特に水位が増すことはなかった。
多摩川では一定の割合で水位が高まり続けたのに対して、なぜそれほど遠くない鶴見川とこの差が生まれたのだろうか。これは単なる運がよかったわけではなく、溢れなかった理由が存在する。
なぜこの差が生まれたのか
第一に挙げれば、現在の鶴見川の治水が高いレベルでしっかりと施されていることである。過去に鶴見川は何度か氾濫しており、一応単なる台風による豪雨程度では氾濫しないような対策がされてきた。(というか対策しないとまずかったから)
その対策というのが、鶴見川の多目的遊水地である。
鶴見川多目的遊水地
昭和55年までの間に昭和だけでも2度ほど鶴見川は氾濫しており、これ以上の台風が来たときにとんでもない被害と死者の数になるよねってことである事業を計画しました。
それが遊水地計画です。
遊水地がなにかの説明は上の画像を見てもらった方が早いと思います。ようするに川の水があふれ始めたら、大きめの貯水池に水溜めて川の水調整しようって話。
普段は公園ですが、水が溜まるとこんな感じになります。
昭和55年の構想から着手まで約15年、全体の工事にプラス3年、遊水地としての正式な運用開始までプラス5年かかった合計20年に及ぶ大事業になりました。
これがなかなか仕事をしておりまして、過去に何度も鶴見川周辺住民は助けてもらってます。下記の画像が平成15年~平成27年までにおける活用実績。
こりゃ鶴見川も氾濫しなくなるわけですね。平成16年と平成26年には100万m^3を超える水の貯水をしていますが、もしこれがなかったらどうなっていたんでしょうか。というか今回遊水地がなかったら氾濫してたとしか考えられません。
これが今回の雄姿です。
横浜を守った我らのホーム日産スタジアム pic.twitter.com/TNdEmIyp4v
— ク マ ジ (@kumajiiii) October 12, 2019
新横浜公園
この公園は多目的遊水地になっていて、この公園のおかげで鶴見川は氾濫しませんでした。
このおかげで横浜北部は無事でした… pic.twitter.com/mwqLFKWNEg— しょーよーඊ例の申し子🧔 (@beards_yuzu) October 13, 2019
多目的遊水地のおかげで鶴見川は氾濫しなくて、
日産スタジアムに感謝しまくりの鶴見川周辺住民。
そしてそんな日産スタジアムは本日ラグビーです。#日産スタジアム pic.twitter.com/50wU0pBDTh— ONN***★1104aurora ark FIN (@OnnBump) October 13, 2019
こんだけ有用な多目的遊水地のスペックがこちらです。
東京ドームの体積が124万m^3なので、実質東京ドーム3個分くらいは余裕で貯水できる設備になっています。そして普段はランニングやストリートとして住民が遊べるような公園と機能しています。当時作ってくれた国土交通省には感謝しかないですね。
そして、多摩川と鶴見川における災害を抑える努力というのはこの設備の差だけではなく、実は水防意識でも違いが見られる。
多摩川と鶴見川への教育の違い
上記の設備の違いも大きいが、元々多摩川は比較的「おとなしい川」としての認識が強い。しかし、これは今の都市部の人間による単なる誤解であり、過去をさかのぼれば「暴れ川」として散々洪水被害をもたらしてきた川というのは容易にわかる。
一方で同じ「暴れ川」とされてきた鶴見川がおとなしい川と言われることはあまりなく、多摩川と異なる認識になったかというとこれまでの教育方法に違いがあったからである。
認識の違い
なぜ鶴見川が穏やかな川という認識がないかというと、単純に住民への教育がしっかりなされているから。上記の多目的遊水地により横浜市全体との理解力・判断力があることは明白だが、その危機管理能力は後の世代に受け継がれている。
現在のハマッコや鶴見川周辺の小学生には鶴見川についての調べごとをするカリキュラムがあり、発表会や自学習において「鶴見川は暴れ川、あいつは過去に何度も氾濫してきた」と覚えさせられるのである。
事実、現在10代~30代における横浜市民の水防意識は非常に高く台風など豪雨があれば洪水の危険を把握している。当たり前である、そう育てられてきたのだから。というか40代以上では経験している世代も少なくない。
では多摩川周辺における治水や意識改革をどうにかすればいいと考えるだろうが、上手くいかないわけがここにある。
多摩川周辺の問題点
第一に、多摩川周辺の治水設備の設置や事業の展開が難しいことである。まずそんな土地ありませんからね。鶴見川の多目的遊水地も今から30年以上前から着手されてきたものであり、今からそれを東京でも同じ事をするというのはかなり難しいだろう。
第二に、多摩川周辺住民への教育が追い付かず非常に難しいということ。ただでさえ住民の流入が激しいため、子供たちへの教育をしても上の世代との情報共有してもらうことが難しい。
※第二の問題に関しては、今回の結果として実害による教育により多摩川の本来もつ危険性の情報共有で水防意識の改革につながる(と思われる)ことになったわけだが、今後も流入してくるであろう住民への意識の共有をしなければならない。
この2点から整理すると、つまり、国の余裕が全くないことがわかる。
多摩川では景観を大事にしており、まだ護岸化されてない地域もあり十分な対策や治水が出来ているとは言い難い。では誰がいつ着手するのか予算はどうなるのか考えれば、現状を見ているとまず「東京五輪の設備どうしようか、東京湾の下水どうしようか」なわけである。
そして関東はこれから来るであろう「大規模な首都直下型地震と南海トラフによる巨大地震」を控えていて、水害対策にはダム建設やスーパー堤防を検討しておりすでに手一杯で土地もないため遊水地の検討まで手を回すことが出来ない。
今後の課題はどうするのか
上記の問題は国の怠慢と言われても仕方ないのだが、東京都へ流入してくる人の多さだけで考えてみてもそれは酷な話である。
これはいわば行政の責任が大きくなりすぎているせいで細かい問題がおろそかになっているといっても過言ではなく、現状ではその問題を分割させるなりしない限り今後解決するとは到底思えない。
そして大きくなり過ぎた東京都自身もその存在自体が国全体の問題であり、多くの人間で解決していかねばならない問題であると私は思う。
今回の多摩川の氾濫によって私はそう強く感じております。願わくば多摩川の治水とその危機管理をしっかり出来るようになればと思うばかりです。
それではまた。
追記 (2019.10.16)
私の想像以上に反響があったようで、色々コメントをいただきました。当初は鶴見川溢れなくてよかったねくらいのつもりだったんですが、コメントの中には多摩川と鶴見川では規模が違うため比較出来ないのではないか、比較は妥当ではないのではないかと考えられる方の意見もあり私も大いに理解出来ます。
しかし、元々の川の規模、つまりは大小によって川が氾濫するかしないか関係するという考え方は自然のみを重視しており、治水をあまり考慮出来ていないのではないかと思います。
当然ですが河川の大小は我々人間が考えているわけではなく、自然によるものが一番であること。そして特定の川が氾濫しないために堤防や遊水地調節池があることも前提となります。この2点から川の規模=自然的要素、氾濫したかどうか=治水など人工的な対策要素ではないかと私は考えます。
もちろん川によっては規模の他に流れが急であることなど氾濫に繋がりやすくなる要因はあると思います。けれども防げる災害は防ぐべきであり日々氾濫させない努力は必要不可欠です。今回の多摩川周辺は奇跡的にも広域的な災害を免れましたが、水かさ的にはいつ溢れてもおかしくありませんでした。多摩川本当によく耐えたよ・・・。下の画像は川崎港町近くのアレ。
ここでは少しだけ鶴見川の他に荒川の治水と、首都圏外郭放水路について簡単に触れておきます。
いまさら荒川の治水は語るまでもないと思いますがね。
荒川の調節池・彩湖
荒川は埼玉から東京までにわたるデカい川で一番広い川幅は2.5kmを誇る一級河川になります。今回の台風19号で水位は一時氾濫危険水位の13mを記録しましたが、幸い氾濫することはありませんでした。
貯水・調節目的のダムもありますが一旦置いておいて、荒川には台風19号のときも活躍してくれた「彩湖」という第一調節池があります。その総貯水容量:1060万m^3!(今回の災害時どれくらい足せたのかは不明)鶴見川にある遊水地が390万m^3なので単純計算だと約2.7倍です。まあ荒川支える調節池なのでこれが十分かと言われれば荒川も氾濫の危険はかなりあったようで何とも言えません。
ちなみに遊水地と調節池の違いは単純に規模の違いです。調節池(デカい)>>>>遊水地(小さい)の認識で構いません。
荒川の治水がよく考えられてるのは、実はこれから追加で調節池の整備計画があるということです。この計画は確定事項で平成30年~令和12年(平成42年)までに第二・第三調節池が作られます。下の画像が概要。
貯水容量は第二第三調節池を合わせて5100万m^3になります。貯水機能のうち一部は生活用水の確保のために使われると思うので単純に追加できる水の量はそれほど多くないと思いますが、そこらの台風程度じゃ荒川が堤防決壊・氾濫することはなくなると思います。さすが荒川ですね。
首都圏外郭放水路
中川・倉松川・大落古利根川の周辺も昔からよく水害の原因になっていたため、その水を地下の立坑で調節し地下のトンネルで江戸川に送り込むという夢の水害対策があります、それが首都圏外郭放水路です。
テレビ等で見かけたことはあるのではないでしょうか。地下に巨大な柱が何本も立っている世界でも最大級とされる地下放水路です。ゲームの「Portal」みたいでワクワクしますよね!!!
このように川の規模に合う治水を準備することは莫大な手間と費用がかさみますが、「必要な規模が大きすぎて対策を用意できなかった間に合わなかった」で人命を守れないのは、すなわち私たちの暮らしから安全が保障されないことになります。それはいやだ。
ただ本当に多摩川はどう対策するんでしょうか。今回の氾濫で余程のことがなければ堤防のせいで景観がどうとか反対する団体もなくなると思うので、堤防は多分OK。けど調節池は?調節用のダムなんて本当に作れるのか?疑問は尽きませんがもう私に結論が出せる範囲ではないのでこの辺で失礼します。
ただ、スーパー堤防はNG。
それではまた。
このシャミ子の危機管理ネタちゃんと通じてるのかな・・・。
参考資料
国土交通省関東地方整備局
「http://www.ktr.mlit.go.jp/」
京浜河川事務局(国土交通省関東地方整備局管理)
「http://www.ktr.mlit.go.jp/keihin/」
気象庁
「http://www.data.jma.go.jp/」
東京都狛江市
「https://www.city.komae.tokyo.jp/sp/index.cfm/4,html」
東京都建設局
「http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/」
Yahoo天気・災害 河川水位情報
「https://typhoon.yahoo.co.jp/weather/river/」
鶴見区民で、鶴見川と多摩川の影響を受ける地域に住んでいます。
今回の台風で、暴れ川と呼ばれ、距離的に近い鶴見川はさして警戒されず、多摩川の氾濫の危険で避難勧告が出ていたので、不思議に思い調べていたら辿り着きました。
世代を渡っての経験は、人が続いていてこそ積まれていくものなのですね。
我が家は新参ですが、古くからの住民の方々の意識と働きに感謝が絶えません。